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2014年9月16日火曜日

待てないニホンザル at 地獄谷野猿公苑

待てないのです

本日、動物園・水族館ニュース 日刊 Zoo Ring の記事をまとめていて考えさせられたのがこちらの記事です。

地獄谷野猿公苑 ふぃーるどのーと 「美味しくなるまで待てない

地獄谷野猿公苑は他の動物園とは異なり、サルを飼育しているのではなく、あくまで野生のサルを餌付けして来園者に見せている施設です。

職員の方は毎朝、サルが来ているか確認しないといけません。
もしも来ていなければ、山に入ってサルを呼んでくる必要があります。
このところどうも毎日山に入っているようですが。

季節は秋。このところ山に入ると栗の実がなりはじめています。
けれどもサルたちが、まだ未熟な栗の実をせっせと食べてしまうのだそうです。
熟するのを待ったほうがおいしくてたくさん食べられるというのに。

食べるのを辛抱するとか、温存するとか、出来ないのがサルや動物の辛いところだ。

などという書き方をされてしまっています。

ニホンザル。Wikimediaより。著作権情報

人間はサルですか?

ここでいう「サルや動物」に人間は含まれるのでしょうか?
国語のテストなら「含まれない」と答えないといけないところですね。
もちろん、記事を書いた人だって、人間と対比させて「サルや動物」と表現しているのだと思います。

けれども、ニュースなどを見ていると、「がまんできない」ほうに人間が含まれてしまっているように思えて仕方ないのです。

最近の消費税の税率を上げるだの上げるのやめろだのといった話にしても、結局はがまんの問題ではないでしょうか。
税金が高くなるのをがまんする代わりに高度な行政サービスを受ける、というのが選択肢の一つ。
チープな行政サービスでがまんする代わりに税金を高くしない、というのが選択肢の一つ。

どこをがまんするか、という話のはずなのに、消費税率という目先の部分だけの話をしてしまっていて、その論調が「がまんできない」サルそのものです。

ここでふと思い出したのが、日本モンキーセンターのFAQの記事です。

サルに関するよくある質問というページにこのようなQ&Aが書かれていました。
Q:サルは人間なのにどうしてなまでやさいをたべるんですか?A:まず、サルは人間ではありません。人間以外の動物で...(以下略)
こんな質問、「よくある質問」のわけないだろうとつっこみたくなったのでよく覚えています。

この「サルは人間なのに」という言葉が、何かの間違いではないように思えてきた、今日の地獄谷野猿公苑の記事でした。

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